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銀歯をめぐる思案
院長ブログ
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2026/02/07 院長のひとり言
銀歯をめぐる思案

歯科治療が苦手である。得意な人などいないかもしれないけれど、とにかく僕はひどく苦手だ。昨年、奥歯が痛くなり近所の歯科を受診したところ、「銀歯の下で虫歯が進行していますよ」と告げられた。前歯ではないから目立ちはしない。しかし改めて自分の口の中を覗いてみると、奥歯は見事に銀歯だらけである。しかもその多くが経年劣化で自歯から浮き、隙間は黒ずんで見えるという。これを機に、銀歯を卒業しようと思い立った。診療のない日を使って歯科に通い始め、自費の詰め物に切り替えている。もちろん保険診療の銀歯より高額だ。それでも、10年後にまた一から剥がされるリスクを思えば、背に腹は代えられない。自費にしたところで、将来的に虫歯になる可能性がゼロになるわけではないのだろうけれど。壁に貼られた「8020運動(80歳で20本残しましょう)」という標語が、やけに目に入る。折り返し地点の40歳を前にして、すでに積み重なったダメージは大きい。マンションで言えば、大規模修繕に近い事業である。

 

一念発起して治療を開始してから、もう1年弱。コンスタントに通院しているのだが、終わりは見えていないし、いまだに慣れない。決して担当の歯科医師に不満があるわけではない。これは完全に、僕自身の問題だ。顎骨を介して脳に響くドリルの音。麻酔下でも突然鋭い痛みが襲ってくるかもしれないという恐怖。それ以上に深刻なのが、絶え間ない嘔吐反射である。僕はどうやら、人よりこれが過敏らしい。ドリル(ハンドピース)以上に恐ろしいのは、歯科衛生士さんの持つ吸引管(排唾管)なのである。ドリルより二回りくらい太い吸引管は相当な存在感だし、唾を吸うために急に奥に入ってくる。格闘技で使うマウスピースをつけたときも反射的に吐き出してしまったし、歯科X線撮影のフィルムも、型取りの接着剤も、毎回吐きそうになる。胃カメラを麻酔なしでやり遂げる人など、僕から見れば勇者である。正直、歯科治療も毎回鎮静剤を使ってほしいくらいだ。

 

さて、20年以上自分の一部であり続けた、あの汚らしい銀歯は、いったいどこへ行くのだろう。保険診療で使われる銀歯は「金銀パラジウム合金」らしいが、金だけでなく銀も、そしてパラジウムも、近年は軒並み高騰している。パラジウムはロシアや南アフリカでしか産出されないレアメタルのひとつだ。投資対象になるほどなのだから、再利用されている可能性は高そうだ。回収された銀歯も、数を集めれば、いわゆる「都市鉱山」となるのだろうか。

 

そんなことを、口を大きく開けて疲れた顎をキープしながら、考えている。口腔内の知覚を切り離し、無の境地に至りたいのだが、なかなかそうはいかない。床屋のように、うたた寝できたらどれほどハッピーだろう。さらに気になって調べてみると、最近よく見かける巷の買取専門店でも、銀歯を扱っているらしい。メルカリで銀歯が高値で売れてしまう時代(なぜか金歯は出品禁止らしいけれど)なんだから、なんでもありだ。ただその場合は「取った詰め物を返していただけますか」と事前に申請するのだろうか。なかなか言い出しにくいけれど。ニュースにもなっていたが、金属の高騰に銀歯の保険診療報酬の改定が追いついていないため、銀歯治療はやるだけ赤字になっているという。同じ診療所を経営している立場として、身につまされる話だ。二束三文でもなにかの足しになればと、毎回そのまま回収していただく。

 

さらに嗚咽とドリル音に耐えながら悶々としていると、問いは続く。そもそも、なぜ医療者は患者に苦痛を伴う行為をできるのだろう。メスを入れたり、針を刺すことが、当たり前のように許されるのはなぜだろう。本来、身体的侵襲を伴う行為はすべて違法、資格も断りもなく行えばもちろん刑事罰の対象となる。しかし刑法35条(正当業務行為)は、「形式的に犯罪となる行為でも、法秩序全体から見て社会的に許容される場合に違法性を阻却する」と定める。つまり身体的侵襲行為というのは元来違法なのだけど、ある限定された状況においてのみ違法性を免除してあげましょう、ということだ。

 

もちろん、単に「医師だから」というだけで全てが許されるわけではなく、以下の要素が求められる。

  1. 目的の正当性:患者の治療や診断、療養目的であること。
  2. 手段の相当性:当時の医療水準に沿った安全な手法であること。
  3. 患者の同意:治療内容やリスクの説明を受け、患者が承諾していること。 

 

1と2は大前提である。一方、医療訴訟において往々にして争点となるのは、3の同意の部分だ。もっとも、一般的な虫歯治療にいちいち同意書は存在しない。患者が歯科医院の門を叩いた時点で、いわゆる包括的同意が成立していると解される。侵襲的だからといって、採血のたびに同意書を取らないのと同じである。

 

そんなことをゴリゴリゴリという音を聴きながら考えていた。思えば、これは医学部に入って最初に受ける授業で習った内容だった。歯科治療は、医師として自身の侵襲的行為を見直す案外良い時間となる。なんでもよいのだが、何か考えていないと、いつだって嗚咽しそうなんだから。しょうがない。歯科に行く日の朝は、仕事と比較にならないくらい憂鬱だけれど、終わったあとの解放感もまた格別。歯科医院のほど近くには残念ながらミスタードーナツがあり、自分へのご褒美という名目で入店してしまう(※)。虫歯ループである。

 

治療後30分間の飲食は避けましょう。