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金曜日のスカラに
院長ブログ
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2026/09/06 院長のひとり言
金曜日のスカラに

日が短くなってきた。今年も苛烈な酷暑だったから、少しほっとする。仕事終わりに、子どもの習い事のお迎えに行く。ついこの前まで夕日を見ながら駅から歩いていたのに、今ではもうすっかり暗い。天気予報では9月も高温が続くと言っているけれど、朝晩はずいぶんしのぎやすくなってきた。ただ、局地的な豪雨については、今年は輪をかけて異常であるようだ。泌尿器科だけあって、院内には患者さん用のトイレが3つもあるのだけど、クリニックの周辺が豪雨に見舞われると、なぜかトイレの封水がごぽごぽと不穏な音を立てる。逆流しているわけではなさそうだけれど、周辺の排水量が瞬間的に増えて、空気圧か何かが変わるのだろうか。新築の建物ではあるものの、一帯が浸水するほどの状況になれば、思っている以上に脆弱なのかもしれない。まだ使ったことのないエレベーター前の止水板を見て、これが活躍する日が来ないことを祈るばかりだ。『天気の子』のように、目の前の街が水没した世界にならないことも。

 

お迎えの途中、駅前の路地に立ち並ぶ居酒屋の前を通る。どの店も路地に向かって大きく開け放たれていて、店の中と外との境目がほとんどない。歩いているだけで、酔客の笑い声や店員の掛け声が聞こえてくる。換気扇から絶えず吐き出される煙と焼き鳥の匂いが、仕事帰りの空腹には刺さる。店内に入りきらなかったお客さんは、一升瓶が入る清酒コンテナを椅子やテーブル代わりにして、店先でガスコンロを囲み、ホッピーを飲みながらホルモンをつついて話に花を咲かせている。ちょっと早めに仕事を切り上げて、こんなところで仲間とお酒が飲めれば、それは楽しいかもしれない。特に金曜日の夜は、どの店も満席になっている。m-floの『come again』で歌われる渋谷のクラブとはだいぶ景色が違うけれど、金曜の夜に感じる、あの心もち開放的な気分は、きっとここにいる人たちも同じなのだと思う。

 

「花金」という言葉がある。花の金曜日。週休二日制が広がり始めた1980年代、翌日の仕事を気にせず金曜の夜を楽しめるようになったことから生まれた言葉だという。その後、週休二日制は徐々に社会に浸透していき、国家公務員が完全週休二日制になったのは1992年。公立学校も段階的に土曜休みが増え、2002年には完全学校週5日制となった。今では当たり前のように感じる「土日が休み」という生活も、そう昔からのものではない。

 

勤務医にとっては、週休二日など今も夢のまた夢である。かつて外科医志望の研修医として肝胆膵外科を回っていたときは、朝から夜9時まで大手術をしてから、執刀チームで決まって病院近くのチェーン居酒屋に行った。朝から立ち続け、何も飲まず食わずのまま、空腹すら通り越して痛むすきっ腹に、から揚げを流し込む。そして終電前にもう一度病院へ戻り、ICUの術後患者さんの様子をみんなで確認してから家に帰る。翌日は朝7時から、何事もなかったかのようにカンファレンスで症例について侃々諤々と議論する。そんな日々が連綿と続いていた。土日も、当直がなくともどこからともなくチーム全員が集まり、病棟を回診した。尋常ではない人たちだと思った。自分とは仕組みのまったく違うエンジンが搭載されているかのようだった。紆余曲折あって泌尿器科医になったが、置かれる状況に大差はなかった。大学病院というのは、どの科であってもとんがった場所なのだ。あるいは心臓血管外科や移植外科からすれば、家に帰れているだけいいじゃないかと言われそうだけど。世の中、上には上がある。

 

そんな勤務医時代からすれば、今の僕の一週間はずいぶん穏やかなものだ。たまに重症の患者さんを目の前にしたとき、体のどこかでパチッとスイッチが入る、そんな感覚すら懐かしく思えるくらい。それでも、一週間の外来でいちばんハードなのは土曜である。平日には来院できない患者さんが自然と集まるうえ、僕たちも半日しか開けられていない。さいたま赤十字病院に所属する医師とふたりで、それなりの人数の患者さんを診る。開業前、1日に最大200人ほどが訪れる内科小児科の診療所で外来診療をしていたことがある。そのときの患者さんと医療者双方の鬼気迫る雰囲気を思い起こせば、患者さんの数自体は、もちろんたいしたことはない。でも泌尿器科の場合、風邪の診療と同じスピード感で診察を回すことはできない。デリケートな悩みであることも多いし、覚悟を決めて受診する方も少なくないからだ。こちらもその覚悟に応える姿勢で臨まなければならないし、そうなると一日に診療できる人数にはどうしても限りがある。

 

その一方で、金曜の外来はわりと患者さんが少ないこともあって、仕事を終えると、とぼとぼと例の居酒屋の前を歩いていることが多い。混みすぎているクリニックなんてろくでもないと思っているのだけど、待合室に患者さんがひとりもいない時間が長いと、それはそれで寂しい。すいていた金曜の寂しさと、翌日の忙しい土曜を思うと、僕にとって金曜日は必ずしも「花金」ではない。それでも、一週間が決まったスケジュールで回っていくというのはありがたい。一日の中にも、一週間の中にも、ある程度決まったリズムがあって、その中で仕事をして、家に帰って、また次の日を迎える。かつては、いつ病院から呼び出されるかわからなかったし、土日も当直でつぶれて、予定外の手術で一日が終わることもあった。今は仕事を終えれば、子どもの迎えにも行ける。自分で選んだ働き方とはいえ、ありがたい環境で医療に携われている。当直や長時間の手術で、今日も心身を削りながら働いている勤務医は多い。だから今は疲弊していない頭と身体で外来診療に向き合って、できるだけ患者さんが夜間や休日に困ることのないようにする。それが自分にできる最低限の貢献だと思っている。

 

とはいえ金曜の夜になると、周囲の空気につられているのか、少しだけ気持ちが軽くなる。駅前の居酒屋では、今夜も誰かがホッピーを飲んでいる。ホッピーの「中」をおかわりする姿が通っぽくてかっこいいなあと思うのだけど、いざとなると僕はビールしか頼めない。鈴虫の鳴き声と焼き鳥の匂いの中を通り抜けて、お迎えに行く。今年ももう秋だ。去年より、少し早い