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ゆっくり歩け、たくさん水を飲め(1)
院長ブログ
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2025/03/05 院長のひとり言
ゆっくり歩け、たくさん水を飲め(1)

開業して日常は大きく変化した。勤務医を辞めると、基本的に大きな手術が行うことがなくなる。長時間立って手術をすることも、鳴り止まないPHSに追い立てられて院内を駆け回ることもなく、淡々とした外来診療の日々となる。それでどうなったか。─おしりが痛い。

 

そんなこと言うと、「あら?ちゃんと人間工学(エルゴノミクス)に基づいた椅子に座ってるんですか?」とか言われそうだが、そこは心配ご無用。内装の業者さんに院内の主な什器をおまかせしたところ、オカムラのオフィスチェアが選択されていた。座面と背面が黒のメッシュになっており、スタイリッシュで先進的なデザインだ。リーズナブルな家具を好んできた僕は、その見積書を見て正直尻込みをした。椅子ひとつにこんなにかけていいのかしら。とはいえ内装との調和も大事。餅は餅屋、僕がとやかく言うところではない。改めて見ると救急カートや処置カートもオカムラで、しっかりとしたお値段ではあったのだが、今は触っただけでああこれは良いものなのだなとわかる。

 

だが、開院して2ヶ月。長時間座っていると、座面に当たる坐骨のあたりが気になるし、何より足がむずむずしてくる。じっと座ったり横になったりすると、脚がむずむず・ぴりぴりするレストレスレッグ症候群(むずむず脚症候群)というのがあるが、まさにそんな感じだ。重ねて言うがオフィスチェアのせいではない。そして、僕は確信した。

 

座るという行為は、人間にとって良くないことなのだ。外来が終了して、立ち上がって歩いたときの気持ちの良さたるや。まさに開放感とはこのことだ。この脚でどこまでも歩いていける。歩いて帰宅したい。We can go wherever you like(ETA, NewJeans)、そんな軽快な気持ちだ。でも子どものお迎えもあるので、早々に最寄駅から電車に乗ってしまうのだが。僕は元来歩くのが好きな方だ。男女のデートもドライブではなく散歩がよいと思っている。自然に歩調を合わせるというのはとても大事なことだ。テーブル越しに顔を合わせるより、同じ方向を向いて歩いた方が、会話も弾むのではないだろうか。かのAppleのスティーブ・ジョブズもMetaのマーク・ザッカーバーグも、ビジネスの相手に「まず歩きながら話をしよう」と持ちかけたらしい。

 

東京には皇居があり、谷根千があり、横浜だって高低差のある港町を歩くのは気持ちよい。日本の大都市は歩行者にとって恵まれた環境だ。ニューヨークをブルックリンからハーレムまでひとりで歩いたことがあるが、心穏やかにのんびりとはいかなかった。南北のアベニューを一方向に歩く分にはよいが、ふと東西の細いストリートに足を踏み入れると、マジでここ通らん方がよいんじゃないかという雰囲気の場所も多々あるし、歩行者も信号守らない(Jaywalk)し、何よりどこに行っても車のクラクションが鳴り止まない。

 

さて、泌尿器科医を悩ませる疾患のひとつに、慢性前立腺炎というものがある。なんとなく排尿時の違和感がある、会陰部・下腹部・陰茎のあたりに不快感がする、射精時にも違和感ある、といった主訴が多い。尿検査をはじめとするあらゆる検査に異常が出ない。前立腺炎と名がつくが、急性前立腺炎のように細菌が原因ではないため、抗菌薬が奏功しない。神経伝達の問題と捉えられているが、症状を緩和する対症的な治療しかないのが実情だ。しかし患者さん本人にとっては切実な問題で、生活の質を著しく落とすことになるし、それでうつになってしまう方もいる。そして前立腺がないはずの女性にも、同様の症状(前立腺炎とは言わず慢性骨盤痛症候群)は現れる。

 

第一の対処法は「座らない」ことだ。会陰部が長時間圧迫されることで、骨盤・前立腺周囲の血流が低下する。骨盤内臓器をハンモックのように支える骨盤底筋にも、座位は緊張を強いて悪影響を与える。いいことがひとつもない。しかし、慢性骨盤痛症候群の方に、「まず治療は長時間座らないことです」と伝えても、腑に落ちない顔をされてしまう。でも、もう一度強調すると、座るというのは人間にとって不自然な行為なのだ。歩いて移動すること、これが最も自然なデフォルト(標準)だと思う。日本地図の伊能忠敬も、『奥の細道』の松尾芭蕉と曾良も、『東海道中膝栗毛』の弥次喜多も、無理もせずただ目の前の道を黙々と歩いただけなのだ。おそらく。江戸時代まではそれが普通だった。繰り返すと、禁煙・節酒・長々と座らない、これに勝るものはない。

 

最近は、オフィスのデスクでも高さを自在に変えられるものが出てきている。立ってパソコン仕事ができるように。決められたデスクにしばりつけられるのではなく、身体の訴えに従って、姿勢を変えるのは大事なことだと思う。さて話を戻すと、長時間外来をしている自分はどうすればよいだろう。このおしりの痛みと、足のむずむずは。スタンディングで外来? 皆さま、お付き合いいただけますでしょうか。

 

 

次はこのまま「歩く」にちなんで、東日本大震災当日の夜の話をしようと思います。