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2026年1月で、当院は開業して1年を迎えることができました。年初のご挨拶に加えて、まずはみなさまに心より御礼申し上げます。
私は24歳で医学部を卒業し、2年間の初期研修を経て泌尿器科を専攻しましたが、つい数年前まで診療所を開業するなどとは想像もしていませんでした。泌尿器科というと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。実際にはれっきとした外科の一分野であり、泌尿器科を志す医師の多くは手術を志向します。小手術を除けば、泌尿器科手術は原則として総合病院でなければ安全に行うことができません。すなわち、勤務医を辞めるということは、メスを置くという選択になります。開業後も非常勤医師として病院に籍を置き、手術に関わり続ける医師もいます。しかし、手術の大変さと同時に、その沼のように深い魅力を知っている立場からすれば、中途半端に関わり続けることは、かえって後ろ髪を引かれ続ける結果になると感じました。
手術という行為は、執刀だけで完結するものではなく、無事に退院するまでの術後管理まで含めて一つの医療です。常勤医を退く以上、手術からも手を引くべきだと考えました。執刀だけして、術後管理を他の医師に任せるという形は、私自身の価値観とはどうしても折り合いがつきませんでした。開業して1年、準備期間を含めれば2年以上が経過し、今では外科医として第一線に戻る技量も失われているでしょう。
今の私にとって、完治させることができる疾患は軽微なものに限られます。癌を発見すれば、手術は総合病院に紹介するほかありません。重症感染症であれば入院治療が必要になりますから、その際も適切な搬送先を探すことになります。ただ、先方の担当医から治療完了し無事退院したとの報告を受ければ、良医にバトンタッチできたということでもあり、ひとつの役割を果たすことができたのだと受け止めています。
鶏口牛後という故事成語があります。自分の性格を省みたとき、ふと思い浮かんだことを、その日のうちに、誰の許可も必要とせず実行できるというのは、何ものにも代え難い喜びです。一方で、ひとりで成し得ることの規模は、どうしても小さくなります。志を同じくする仲間と大きなことを成す生き方もあるでしょう。残念ながら、自分はそちらには向いていなかったのだと思います。
しかし、開業してから気づかされたことがあります。それは、院長である私の預かり知らぬところで、自発的に動いてくれるスタッフの存在です。当院について清潔感をお褒めいただくことがありますが、それはひとえにスタッフの気配りによるものですし、院内に貼られている患者さんへの小さなメッセージカードも、スタッフの気づきから生まれたものです。組織に身を置き、時に上司のマネジメントに困惑していた私にとって、この小さなクリニックが、当初の私の企図を超えた形で育っていくことは、望外の喜びです。自分の頭の中で想像できることなど、いかに小さいかを思い知らされます。
それは、患者さんからの声を通して、日々実感していることでもあります。「この治療はできないか」「こういう検査はできないか」と尋ねられるたびに、そういうニーズもあるのかとはっとさせられることがありました。一考の価値があると感じたものは、可能な限り実現できるように動いてきました。経験や設備の制約から、できないこともあります。しかし、病院では難しいことでも、診療所だからこそ即断即決できることもあります。上層部に稟議を回しているうちに、目の前の患者さんのニーズがふっと消えてしまう。そうした事態が起こりにくいのが、診療所の強みだと感じています。
アクセスの容易さ(予約の取りやすさ)、診療の質と丁寧さ、そして安定した経営。この三つを同時に成立させることは、決して容易ではありません。そしてこの時代、診療所とて経営を意識しなければ、簡単に立ち行かなくなります。必要性の低い検査が行われたり、必要以上に来院回数が多くなったりすることは、患者さんの不利益につながります。医療機関が経営と医療の両立に悩む中で、そうした判断に傾いてしまう危うさは、常に自分自身にもあるものだと感じています。
私を含め、すべてのスタッフが機嫌良く働き、患者さんの時間が無駄にされず、悩みが解決へと導かれる――文字に起こせば当たり前で地味なことかもしれませんが、医療機関としてそれを愚直に実現し続けることは、決して容易ではありません。そんな診療所を、これからも目指していきます。